木村秋則さんの不思議な話

1988年5月、木村秋則さんのリンゴ畑には、リンゴの花が11年ぶりに咲き誇りました。完全な化学農薬ゼロ、化学肥料ゼロでのリンゴ栽培が成功したのです。この11年間、木村さんは極貧の生活を家族と過ごしました。一か月三千円の生活費だったといいます。食卓にはハコベ、アケビの新芽、ギシギシなどの雑草が並びました。無農薬栽培をはじめた木村さんはリンゴがまったく実らない状況で、経済的な苦境に耐えなければなりませんでした。税金も払えず、家財も畑も差し押さえの対象になり、二反あった田んぼも手放してしまいました。実家の借金、アルバイトで食いつないでいた木村さんは、ついにお金を手当するあてもなくなり、銀行に相談にいったそうです。常識で考えるとこのような事例でお金を貸す銀行はないでしょう。しかし、銀行の支店長の特別の計らいで二百万円を借りることができました。このお金を期日に返済にいったとき、支店長が「期日を守ってくれただけで十分です。このお金は持って帰って皆に返しなさい。十年たったら見通しがつくだろうからそのときに返してもらうので」と言ってくれたそうです。後でわかったことは、その支店長が借金を肩代わりしてくれていたのです。一面識もなかった支店長がなぜ、そこまでしてくれたのでしょうか。

天佑神助

この支店長は弘前大学の学生だったときにリンゴの研究をしていた農学部の学生だったのです。そして、リンゴ栽培に農薬が多量にいることに疑問を持っていたそうです。木村さんの話をきき、その情熱に感銘を受けた支店長が、だまって助けてくれていたのです。支店長は自分の給料から一部返済をしてくれ、定年のときに退職金ですべてを返済して肩代わりしていたのです。この話は、奇跡と呼んでもよいエピソードだと思います。まさに「天はみずから助けるものを助ける」ということですね。


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